図解 実用鍼灸経穴学

 本間祥白先生が「図解鍼灸実用経穴学」の労作を発表された。その内容はもちろん、外観を見ても近代的感覚を示した実に立派な著述である。

 古来、鍼灸、経穴に関する書籍は数えられないくらいあるが、伝統を尊ぶあまり創意工夫を加えたものはきわめて僅少であるのに比すれば、本書のできばえは、わが鍼灸界において画期的なものであるといい得る。

 本書において著者が力説しているところは、難渋をもってなる古典への新しい考察を示したものといい得るばかりでなく、その科学的な方法論を後進のものによく示したものというべく、全く昭和の経穴学の指南書ということができよう。かつ本書の特色の一というべきことは、部位編における経穴の記述に際してたんに先人記載の再銀ではなく、著者多年の臨床経験からにじみ出た、いわば「生きた経穴の把握方法の展開」と見ることができる。

 そのことは経穴主治症の研究において遺憾なく著者の真面目(しんめんもく)を発揮している。従来の経穴の主治症の羅列ではなく、穴と症との因果的必然関係を明らかにし、自在に穴を運用できるようにし、しかも穴と穴の相互関連性を見出そうと企図した努力は、全く著者独創の論理的見地から発し、古今に類を見ない最高位のものというも過賞ではあるまい。ことに篇未に示してある「主治症と経絡との概略図」並びに「身体の区分と主拍症図」に至っては、遺憾なく経穴の立体的建築を完了している全く剖目すべき労作であるというべきである。

 後進鍼灸臨床人は本書によって「活きた大の把捉」に習熟すべきものと強調するばかりでなく、ことに臨床にたずさわる鍼灸人の必ず一本を座右に備えるべき、最近における出色ある好著と推せんして止まぬものである。感嘆のあまり拙筆を振って序とする次第である。1955年弥生佳 日   柳 谷 素 霊識


 自   序

 超穴をわかりやすく図解にした、しかもさな教科書用のものが欲しいとは、私が経穴学を初めて学ぶときからの望みであった。番籍の章や漠然とした図ではその大概を知るだけで「ここが穴だ」とはっきり学ぶことは不可能であった。

 元来、経穴の部位、取大法には異説があり、また個人差や経穴の移動性があって、「何穴はここだ」と一点に限定することは不可能であるという意見もある。

 しかし、小異を捨てて大同をとる方法によらなければ学問も成り立たないし、ことに初学者には確信をもてる取穴法はいつまでたってもつかむことはできない。鍼灸術のような技術的なものは一応一つの型を充分、会得精通してからいろいろな特殊性を研究する方法がよいと思う。最初から批判的な学習態度であっては結局、身についた技術は得られない。この意味で本書はできる限り明瞭に「ここが穴だ」と図示した。これが本書の名称に「実用」の文字を冠した理由の一つである。

 次に経穴の応用の面であるが、普通経穴学事では、主拾症を羅列して置くだけであるが、この型を破って主拍症の類型化を図り、概括的に習得できるように論文のまま附したのである。初心者はその表を壁に貼って置いて臨床上に利用したら便利であろうと思ったからである。これが第二の「実用」の意味である。

 こうして書きつづっているうちに貢が次第に増加しセ、初期の小さい教科書の夢もいつしか破られていた。これも書かなければ、あれも書かなければ、といった老婆心からである。

 本書の執筆にあたり、別記参考書の著者柳谷素垂先生始め多くの諸氏に対し厚く謝意を表します。

 また実際の取穴法の研究にあたっては、寒いときも暑いときも互いに裸になって御指導を賜わった井上恵理先生に深く御礼を申し上げます。

 次に医道の日本社、戸部宗七郎氏には多大な援助、特に要不要にかかわらずたくさんの参考書を用意して頂いたことを感謝します。

 最後に校正と索引の作成の精細な仕事に当ってくれた古典研究会の白川君の労に対し御礼を申し述べます。 1955年  陽春 本 間 祥 白識

 


改 版 序

 昭和三十年の初版以来、版を重ねること五回目となった。これまでは全般を二部に分け、第一部部位編、第二部経穴主給症の研究編としていたが、経穴を初めて学ぶ人達にとって、部位と主治症が離れていることは不便であるから一緒にまとめるようにとの希望者が多かったので、各経穴の主治症は部位の後に付け、各経の主治症一覧表はその後に附した。そして‘‘主治症の研究編’’の残りの部分は‘‘主治症の一研究’’として最後の部分に載せることとなった。

 著者の独自の研究面を第二部に於いて、はっきり区別したが、かように離れていることは心淋しい気もする。しかし、勉学者の便宜のためには致し方ないことであるから、発行者戸部氏の意向にこころよく応じてこのように改版したのである。

196271)  本 間 祥 白

 


凡   例

 1.図譜はその経絡や経穴を実際の臨床上必要条項のみを抽象して画いたのであって、骨格を基本として取穴する場合には骨格を画き、筋肉、筋溝、腱等それぞれ取穴するのに必要なもののみを画いたのである。

  2.経穴部位の表わし方は定義に近いものであるから古人の表現法を軽々に変更すべきではないが、本文にもことわり書きしてある通り、できるだけ最も著明な部である臍、外果、髪際、関節等を基点として番くように努めた。たとえば、「水分ハ下脱ノ下1寸、臍上1寸ニアリ。下腹ハ建里ノ下1寸ニアリ。中腕ハ上胱ノ下1寸ニアリ。」と『十四経発揮』その他の従来の多くの著書の表わし方にあるものを、「水分は臍上1寸にある。下脱は臍上2寸にある。建里は臍上3寸にある。中腰は臍上4寸にある。」と変えたなどである。

 3.経穴主治症の研究で、『鍼灸釆英』記載の病証名に対する現代病症名の翻訳は、主として柳谷素霊先生著『鍼灸医学全書』第3巻を参考とした。

 4、経穴名のあとにある、フランス語による経穴名は下記の著書より引用したものである。

1)ニボェ氏 DrNiboyet TESSAISURLIACUPUNCTURE  DHINOISEPRATIQUE

2)間中善雄博士著『鍼術要義』

3)ドイツ、バッノ、マン博士著“DieAkupunktureine Ordnungstheraple

(現 ≡経穴の番号において日本、その他東洋で一般に使われている帯号は欧州の番号と異るところがある。東洋では『十闇錘雅抑』に基づいているが、欧州では『鍼灸大成』に基づいているため、正穴の数も多い。また順序も、多少異るところがある。

5)以上欧州の番号はたんなる順番のみでなく、経穴の略名である。たとえば、P.Ⅰは中府、R1は湧泉を表す略称である。

  日本経穴委員会(日経委)で決定した英文路号も併記した(舶瀞籠)

5.十四経主治症一覧表について「この病気にどの経穴が効くか」、この間いはわれわれ臨床家にとって最も直接の問題であるが、その榊にわれわれは専門家としてこの経穴はどのようなやまいに効くかという知細む常に用意して置かなければならない。

 しかし、60余穴の主治症を書籍の通りに記憶して置くということもイこ可能であるし、また書籍によってまことに雑多である。そこで著脊はこれら雑多な主拍症をなんとかして組織化したい考えを臨床上の要求として持ったのである。そして主治症の類型を求めたのである。しかし、その方法はたいへんな困難と無理のあることに気付いた。

 第一に経穴の主治症は書籍によってまちまちである。-一般にこの経穴はこのやまいに効くということは経験に基づくものであるから、その著者によって異なるのは当然である。その上に推理や編纂(さん)によって次第に多くの病症が羅列されるに至ったのであって、『鍼灸釆英』とか『鍼灸大成』等はそのさいたるものであろう。いまこれらの多くの病証を全部取り巻げることになると煩雑この上もない。それでごく特殊な場合に経験されたと考えられる病症を思い切って省略するよりほかないと思う。

 第二に古典に挙げられている各病症の関連性についての問題である。

 一例を督脈の強間の主治症を『鍼灸衆英』にとれば、「頭痛目舷脳旋煩心嘔吐挺沫項強‥・ヲ主ル」と記載されてあるが、前記二吾には、「頭痛、眩章、脳旋、煩心、嘔吐、挺沫、頭重、頸項神経痛・・・」と訳している。そうすればこれら一症一症について効果あることを示すことになるが、また立場を変えて読めば次のようにもなる。

 「頭痛シテ目眩シ、脳旋シ、煩心、嘔吐シ、誕沫ヲナシ項強パル‥・ヲ主ル」とすれば同一患者であって、このような諸症を有する場合に治効あるを示すことになる。すなわち動脈硬化症とか血圧完進症患者等によくある症である。このように個々の症、あるいは一連の証を表示しているのか解釈が困難であるが、著者の独断をもってその場に応じて処理した。

 第三に古典の病症ないしは病名の解釈である。たとえば心痛は胃脱痛であって、いまの胃癌攣(神経性胃痛)あるいは胃の激痛を指すことになっている。しかし、また「真心痛ノ、タニ発シテ朝二死ス、朝二発シテタニ死ス、死候ナリ」となっているところからいまの狭心症とも解すべきである。したがって心痛を胃のやまいか、心臓のやまいかいづれに取るかは、列記されている他の症状名から推定するよりほかないのである。

 肺経の侠白犬の主治症は「心痛短気乾嘔煩満ヲ主ル」となっているところから狭心症と推定されるし、胃経の不容大の「ロ乾キ心背痛卜相引キ」は胃痛と解すべきであると思う。

 また胃痛と胆石仙痛等の区別、下腹部の痛みでは腸、盲腸、膀胱、子官等の痺痛であるかの区別は非常に困難であるが、前記二審を参考として前後の症より大胆に判定するよりほかなかったのである。

 以上のような困難を押し切って、主として『鍼灸衆英』により、その補足として『十四経発揮和語抄』、『鍼灸説約』、『和漢三才図会』等の主治症を各経にかかげた表とし、その類型化を図ったのである。

 著者としては精一杯の努力を傾けたところであることを了とせられ、諸賢先輩の御叱声(ごしつせい)をこう次第である。

 

 濱灸緊英発揮について

 四明 梅弧 高 武 著 嘉靖丙午お年発刊

 明代世宗の時で我国 皇紀2206(西紀1546年)

105代後奈良天皇、天文15年足利義輝13代将軍となるの牢十四越中の主治症の表を作成するにあたり、数穴に共通性ある症は第一症とし、その様穴独自のものは第二症として区別した。

 また表中「目+t」の如く症に+-の符号を附したのは、+は炎症、腫脹、痔痛等の陽症を示すもの、-は機能減退、弛緩、無力等の陰症を示す症に路符として使用したのである。

 『十四橿発揮』にしたがって全身354穴とし各経ごとに列記した。なお経穴部の痛みおよび麻痔は煩雑を避けるためこれを省略した。たとえば胸部諸大の肋間神経痛、手足の経穴付近の痛み、あるいは麻痔、顔面緒穴の三叉神経痛および顔面麻痺等は省略したのである。

 

校訂改版に当って

 本書は昭和30年初版刊行以来約20年、経絡経穴に関する書籍のなかで権威ある著作として高く評価されてきた。現在なお、後進鍼灸臨床家の指針となっている好著であることば多くの人の認めるところである。

 しかし、時代の推移に伴って、文章、文体、用語等に変革があり、特に解剖学用語については、大改正がなされたといってよい。本書についても初版当時の解剖学用語では、現代の初学者にとっては理解しにくいことが多い。したがって、本書を教科書として初学者の教育を行うときは、特に解剖学名については新名称に読み替えて指導している。これは非常に煩雑なことで、せっかくの名著もその真価が生かされないおそれがある。校訂者はこの意味で早くから校訂の必要を痛感していたので、このたび、本間みな氏、ならびに発行者の医道の日本社、戸部宗七郎氏と協議の上、校訂の作業を進めることになった。

 校訂の主眼は、旧解剖学用語の改訂に匿いたが、さらに経穴の部位に該当する骨、関節、筋肉、血管および神経などについて正確を期するため、解剖学成晋および生体観察によって検討を加え、該当しないものは削除し、重要と思われるものは増補した。また、文章は全体にわたり、現代文形式に改め、平易で判り易く簡潔にするよう努めた。 したがって、最初考えていたより大巾な改訂になったが、本間祥白先生の志向と精神は勿論そのままに、しかも近代的感覚をもって鍼灸を学ぶこれからの人々のため、理解されるものにする努力をした。基本的なものはまげていないつもりであるが、諸賢のご叱正とご批判を得て、よりよいものにしていきたいと希うものである。

 おわりに、解剖用語(特に名称)の改訂時当って、同僚である東京教育大学付属盲学校教諭(理学療法科および理療科解剖学担当)西村和紘氏の多大なご協力と示唆をいただいたことを付記して、深甚の感謝の恵を表す次第である。

 


改訂に当っての凡例

 

1、解剖学用言酌こついてすべて新名称に改めた。

 筋肉については、その経穴の深部に当る筋を挙げた。筋肉上に当らない場合でも、近くに所在する筋の外線、内線、その付近というように記載した。また関節部に当る場合は関節包に当るとして、筋肉の項に記載した。

血管については、動脈、静脈が同名であるものは動・静脈とした。

神経については、最も重視した。特に表面知覚を支配する皮下神経(皮枝)に重点を置き、始めに記載し、次に筋を支配する運動神経(筋枝)をならべた。

 2.文章は、古典などよりわ引用文以外はすべて現代文形式に改めた。

 3.使用文字は術語(漢方用語を含む)専門語を除き、できるだけ当用漢字を使用した。なお術語、専門語にはできるだけルビをつけるか、あるいは()内にふりがなを入れるなどして読み易くした。また一部ではあるが、字義の解釈を()内に加えた。

 4.古典よりの引用文は「」内に入れ、かたかなで送り仮名を付した。これは本間氏の通りである。

 5.かなづかいは現代かなづかいにすべて改め、“改定”送り仮名の付け方に従った。また、かながきが望ましいとされるものについてもできるだけ改めた。

 6.南山堂の御好意により金子丑之助博士の、又南江堂の御好意により、藤田慎太郎博士の解剖学書より、神経・血管の図を借用することができた。参考とされたい。  昭和5031日 記                 鈴木 達司

 

改訂第十三版について

「医道の日本」 主幹 戸 部 宗 七‘郎

 本書の初版は昭和305月で、その土台となっているのは滑伯仁著の「十四経発揮」である。従って経穴の繚数は354穴である。

 今回第13版を発行するにあたり「日本における経穴を統一しようではないか」との実に賛成して番号、順位の変更を行うことになった。

 「日本経穴委員会」は日本における代表的諸団体(11団体)の衆知を集め、その合意のもとに「経大の名称と標準部位」を決定して本年5月にその冊子を発行した。主査は日針会会長の木下晴都民である。

 この冊子に含まれる経穴の総数は361穴であって「十四経発揮」より7穴多くなっている、本家の中国及び欧米もこの361穴を用いている。

 

  即ち  眉 衝   (膀胱経) 風 市   (胆 経)

       督 愈   (〃)   急 脈   (肝 経)

       気海愈   (〝)   中 枢   (督 脈)

       関元命   (〃)

7穴をこの13版から増加することにしたので順位の変更が行われた。特に膀胱経は大巾に番号が変る。尤も12版までにもこれ等の穴を「奇穴」として解説してあるから、実質的に増減はない。もう一つ目立った変更は腎経の腰海㈲と水兵(6)の入れかわりである。今回は水泉⑤で照海が⑥となった。

 著者の同意を得ないで原著に手を入れることに強いためらいを感じたのであったが、存命中の著者は版を重ねる毎に、改訂に改訂を重ねてきた実旗があるので、今回の改訂は日本と外国と共通の場をもとう、という大乗的な見地からのものであるので当然著者も積極的に賛成してくれる、と判断して断行したのである。著者も欧州の番号は単なる順番のみでなく 経穴の略称である”と言われている。

 その実蹟の大きいものは第5版(3711月刊行)において、それまで「主治症」については「第2部主拍症の研究」として一括して論じていたものであったのを、勉学に工合わるいとの声を容れて、このまとまったものをバラバラにして、各経穴毎につけたのである。勿論全部新組である。

これは大きい変革である。これと同時にこの版では、新たにフランス式の経穴番号をつけたことである。これはその前年ドイツのミュンヘンで開催された、国際針学会に招碑されて講演したのが機縁となったのである。

 本間氏は、この第5版の組版中の3785日に急逝されたので、この面目を一新した本書をみることができなかった。

 存命中に第4版を出し以後9版を重ねているのは本書の実用的価値の高さを示すものであろう。       昭和51年(19767

 

自   序

改 版 序

凡   例

校訂改版に当って

参考文献

1章 総   説

㈲ 経絡経穴の概念

2)経脈の種類

3)経穴の部位

経穴の部位、部位の表わし方

4)経穴の取り方

 1.姿勢について

2.骨度法について

3.同身寸法について

 2章 十四経絡と経穴各論

1.手の太陰肺経

2.手の陽明大腸経

3.足の陽明胃経

4.足の太陰脾纏

5.手の少陰心踵

6.手の太陽小腸経

7.足の太陽膀胱経

8.足の少陰腎経

9.手の廠陰心包経

10.手の少陽三焦経

11.足の少陽月旦経

12. ,足の頗陰肝超

13.督     脈

14.任     脈

 3章 阿 是 穴(奇 穴)

1.前 神 聡

4.金棒玉液

7.中   枢

10.気 海 愈

13.風   市

16.五 虎 穴

19.華 陀 穴

22.輪竹馬の灸

25.脊背五穴

28.中風七穴の灸

 4章 奇経八脈

脈 脈 脈 脈

頗  維

督 陽 衝 陰

 5章 主拍症の孝義

 1.経絡という縦の系列

後 神 聴  3.印   堂

婦人腰中   6.階段の灸穴

宿   根   9.竹杖の穴

愈眼穴

元  尖

関膝拳

回気の灸

腰   眼

 肘鬼爽

四花患門 

24.腰部八点灸

五 処 穴

27.小児斜差の灸穴

脚気八処の灸穴

脈 脈 脈 脈

蹄 維

任 陰 陽 帯

 十四越冬経の主治症と経穴

2.横からの考察

1〉背腰仙部(2)胸部(3)腹部

3.区分別の考察

1)頭  部 (2)胸  部 (3)肩背部

4)背  部 (5)腰仙部 (6)腹  部

7)上  肢 (8)下  肢

 4.部位別の考察

肩関節部  肘関節  手関節  中手指節関節

指 端   膝関節  足関節  中足指節関節

指 端   目の周囲 耳の周囲  鼻の周囲

口の周囲  後頭部  乳様突起部 鎖骨上縁

結   び

経 穴 索 引

十四経図譜

1.手の太陰肺経    2.手の陽明大腸経

3.足の陽明胃超(2故) 4.足の太陰牌纏

5.手の少陰心経    6.手の太陽小陽篠

7.足の太陽膀胱経(2枚)8.足の少陰腎経

9.手の蕨陰心包経  10.手の少陽三焦纏

11.足の少陽月旦超  12.足の靡陰肝経

13.督    脈

14.任    脈

15.奇  穴  図

血管・神経の図(3枚)

1革 紐  説

 

 

1章 総   説

 

1.経絡と経穴の概念

 経絡・経穴とはなんであるかということは、古くから科学的立場から問題になっているのであるが、現在でもこれに解答を与えることはできない。それは経絡とか経穴とかの臨床的な多くの事実、現象を認めていながらも、これを解明するだけの医科学がまだ発達していないということに帰結するのであろう。

 やがては解決する時期が到来するものと確信しているが、それまでは経絡経穴について明確な定義をくだすということはできないと思う。中国の古典医学においては、それは科学的ではなかったが、一応立派な学問的体系ができ上っていて、この学問的構造のもとでは確固とした基礎医学の分野を占めていたのである。

経絡は気血栄衛の通路であり、栄衛は全身を栄養するものである。また経絡にはそれと内臓諸器官の気があって、それとの特質をもち機能上の特徴を発揮している。経穴はこの経絡上の一点であって、経絡の特質である気をよく顕現するものである。ゆえに経穴は「気の門戸なり」といわれたのである。この詳細は拙著『経絡治療講話』中の臓腑篇、経絡経穴篇に譲ることとする。

 いま経絡とか経穴をいかに理解したらよいかを簡単に述べると、経脈は太い脈の12経と、奇経の8脈との20緩脈からできていて、全身に流通している。絡はこれより枝わかれする細い脈で、太い蓮脈の交通の役目をやったり、また太い脈から出て末端に作用する細い脈絡を意味ナるものである。これを細小脈絡といい、脈外の組織内にくまなく分布している。体の栄養分である物質の補給は血液によって行われるが、この血液に当るものを古典では栄血と呼んだのである。(血は先天的物質、栄は後天的物質)この栄血は経脈の中(すなわち脈中)から孫終に流れ、これより栄養分は溶出して組織に補給されるのである。ただしこれらの栄血の循環や栄養分の溶出、補給は、別に存在する衛気と称するものの機能によって行われるもので、栄血は常に受動的である。

 衛気は元来、心(精神)から分化したもので常に脈外を経絡に沿って循行しつつ、自律的に栄血の機能を支配しているものである。

 経穴は経脈の間に配列する点であって以下述べるような診察や治療施術の点として応用され、皮膚上から触れることのできる部位である。

 鍼灸術の発達から考察して経絡が先か、経穴が先かということになると、およそものごとの発達は単純なものから複雑なものえとたどるものであるから、多くの病証に対する治療点が個別的に発見されたのが、その点と点との間に関係が認識されて、これがつながりとなり、さらに同類は長い線に発展し、異類はそれと別のつながりを形成して別の線に発展し、なお進んでは線と線との間の関係が観察され、知識化されて12経脈、奇経8脈等の概念ができ上ったものと考えなければならない。知識はさらに多くの事実を探究し、推理と実験によって新しい治療点を発見し、『十四纏発揮』に数えられる354穴、『経穴碁要』その他数書にいう誠5穴等の経穴ができ上ったわけである。

こういう考え方からすれば経穴が先に経験されて、のちに経脈が経験されたものであるといえる。次に経穴は現在のわれわれにいかなる形で経験されるかというと、何か身体に病的症状が起ると、ある部分に圧痛、知覚鈍麻、知覚過敏、硬結、陥下等ができてそこを押さえると飛び上るほど痛むとか、痛みがかえって気持よいという場合がある。硬結には経穴の部分に小豆大のものから母指大のもの、棒状、線状に細長いもの、深いもの、浅いもの、いろいろの形で現れ、圧痛のある場合、あるいはない場合もある。皮膚に知覚異常を起して非常に過敏になっているものがある。ちょっと触れただけでちくりちくりと痛む、また電気等の刺激に敏感である場合などがあって、いわゆる灸点探索器様のもので刺激すると、ある点またはある部分のみ異様に痛みを感じる。また反対に感じが悪くなって灸をしても、刺鍼してもそれほど感じない場合がある。そして病気がよくなるにつれて感じが出て、少し熱いとか、痛いとかいいだしてくる。

 病気によってはある経穴、または経絡に陥下(かんか)を起す場合がある。ある肺結核患者の上腕と前腕の前面榛側、すなわち太陰肺経に沿って線状に陥下していた。また婦人病の患者が下腿内側、牌経、ある者は腎超に陥下が現れることがしばしばある。また三陰交、陰陵泉等に陥下が現われることもある。神経衰弱や不眠症患者の背部に触れて見ると、脊柱起立筋上で、肝愈または魂門付近にこりこりした棒状の硬結ができている者、あるいは反対に筋肉が緊張を失って軟弱になっている者、さらに陥下している者など、さまざまである。これはやまいの虚実ヽ新旧によって異なるのであるが、これらの部位に一定の施術をすることによって、精神が爽快になったり、安眠できたりする。

 

 第1章 総  説

 藤田六朗博士の新しい臨床的研究によれば、やまいによって皮膚の表面に丘疹が現われ、しかもそれが経絡と密接な関係があることを発見された。

たとえば、ある心臓病患者の上腕部の太陰肝経に沿った部に丘疹が発現するというように多くの例を列挙して経絡との関係を論じ、また科学的に考察研究を報告している。

 以上はわれわれが目で見たり、指で触れたりして観察できる経絡現象であるが、これをさらに経絡経穴といわれる部に灸をすえるとか、鍼を刺すことによって、どのようなことを経験するかというと、たとえば、ある上顎大臼歯が虫歯による歯痛(三叉神経痛)を起している場合、虫歯そのものにも種々な神経性反応があると同時に、患側の客主人、頭経、および肩背部の諸穴で患部よりやや離れたところに圧痛点が現われ、さらに手の曲地、三里から合谷などの遠隔部まで圧痛が現われる。これらの諸穴に施灸、施鍼(置鍼)することによって歯痛が緩解する。また、特に反応の現れていない足の三里とか解節、腹の中?などに施術することによって痛みが緩解する場合がある。

 胃痙攣(神経性胃痛)の場合、腹部の胃に最も近い外表に治療するとよくなる。背部の隔愈から胃愈またはその外側線部に強い圧痛が現われ、これに置鍼して治ることが非常に多い。足の梁丘や三塁にだけ施灸して治?た例も多くある。

 これらのことは、その器官と直接つながりのある経絡に手を加える場合であるから一応うなづけるが、その経絡と直接連絡のない臓器のやまいに施術する場合がある。これは古典医術の治療原則に従うことで、胆経のやまいに牌経や肝経を使ったりするなどである。たとえば、酒の飲み過ぎにより急性胃炎を起こしたある患者は、いつも胆経の丘墟に刺鍼するとただちによくなる。また、肺結核の初期のある患者に足の三里(胃)、商丘(牌)、行間(肝)、肝愈(膀胱)などを使って非常によくなった例がある。

 以上はわずかの例に退きないが、このように経絡的ないしは経穴的事実は実際に明らかに存在しているのである。しかし、惜しいことには、こんにちの科学ではこれを解明できないことである。ある者は科学で説明できないものはすべてむなしいと決めてしまう者があるが、これは大きな誤りである。科学は常に発達するものであり、次から次へと古い事象を解明し、新しい事実を生んでいくものである。われわれの謬諭している経絡的事実は非常に高度の科学的理論ができて初めて解明できるものであって、現代の科学の発達段階では解明不可能なものであるというだけのことである。臨床家はただこれら多くの経絡現象をより高く評価し、より深く理解し、より広く、そしてより多く集め、できればより整理して科学的研究の素材として科学者に提供すべきであると思う。

 

2.経脈 の種類

 鍾脈には12経と奇経8脈があり、12経脈と奇経のうち任脈と督脈の2脈にはそれぞれに付属する経穴があるが、奇経の他の6脈には直属の経穴はなく、他の経脈の経穴に会して循るものである。なお12経と奇経8脈のほかに、霊枢の経脈篇、経筋篇には別の経脈あるいは経脈状のものが論じられている。これらも12踵脈の補助的役割をするものと考えたのである。

 次に12経脈および奇経8脈の名称をしるす。

太 陰 肺 経一陽明大腸経

少 陰 心 超一太陽′ト腸超

靡陰心包経一少陽三焦超

太 陰 牌 経一陽 明 胃 経

少 陰 腎 経一太陽膀胱纏

廠 陰 肝 経岬少 陽 胆 超

これらの流注経路は12姦脈流注之岡に示す通りである。

奇経 8 脈

1.督 脈   2.任 脈   3.陽維脈   4 陰維脈

5.陽躊脈   6.陰席脈   7.衝 脈   8.帯 脈

 

3.経穴、の部位

 経穴の部位は前述のとおり疾病の際によく種々な形で反応の現われるところであり、また治療点でもあるが、どのようなところに所在し、またどのように表示されているかということが問題となる。まず所在については次のようになっている。

1)神経上にある場合比較的太い神経の上に取られる場合で、たとえば手の榛骨神経上の消礫穴(三焦経)は榛骨神経溝部にあり、小海(′ト腸経)は尺骨神経の上にある。また承扶(勝胱経)は坐骨神経幹上にあっていずれも強圧すればひどく痛むところである。

2)血管(動脈)上にある場合

 人迎(胃経)は絵頚動脈、青霊(心経)は上腕動脈の上にあっていずれも脈動ずるところ、または動脈手に応ずということばで表現されている。特に榛骨動脈の上で三部九侯の脈診を行う、いわゆる寸口の脈部である肺経の列欠、経渠、太淵穴は最も明らかな例である。尺沢(肺)、衝陽(胃)、陰廉(肝)などの明瞭な脈動部に取るものから、地倉(胃経、口角の傍)、中府(肺経、前胸壁)、足三里(胃経)などのようにあまりはっきり現われていない脈動の上に位置することもある。

3)筋溝や筋線の陥凹部にある場合、または腱上にある場合

天府、侠白(肺経)は上腕二頭筋の長頭と短頭の筋溝部にあり、開会(三焦経)は三角筋の筋帝部にある。伏兎、梁丘(胃経)は大腿直筋の外縁に当る。腫上では長母指伸筋腱上の解鈴(胃経)、長持伸筋腫上の地五会(牌経)などがある。

4)骨に関係ある場合

 関節、縫合、骨の陥凹部、骨縁、骨端などにある。

 関節部は最も多く、ニ間、三間(大腸経)など四肢の関節部にあるものはよく用いられる。縫合部では頭部の大泉門部に頗会(督脈)、矢状縫合部に前渡、百会(督脈)などがある。

 骨上の陥凹部(清)にも多くあって、大腿骨外側上顆の上に陽閑(胆経)、頬骨上の睦子膠(胆経)、胸骨上の中庭、腹中(任脈)などがその例である。

次に骨縁の陥凹部に、承泣、気衝、下関(いずれも胃経)、合谷(大腸経)、魚際(肺経)をはじめ非常に多くある。長強(督脈)、鳩尾、曲骨(任脈)、陽陵泉(週経)、天傭(三焦経)などはいずれも骨端部にある。

 

 部位の表わし方

 以上のようなところに存在する経穴をどのような形でいい表わすかというと、古典では主として表面から観察される状態によって行われた。すなわち分肉の間、脈動する中、大筋あるいは小筋の上、骨の上、骨の端、両骨の間などの表現法は指の接触によって感ずるところから、約紋中、横紋(模しわ)の頭、赤白肉の際、爪甲の角を去ること韮葉(きゅうよう一にらの葉)のごとし、青脈(骨すじ)の中などは目で見たところからいい表したものである。

 次に分寸によって表示される場合が非常に多い。外顛(または泉)の上何寸、腕の上何寸、膝下何寸などと比較的明瞭な骨の突起、関節などから寸法で示した場合、また日とか口の端、すなわち内外眼角の端5分とか、ロ角の傍(かたわら)3分、臍上、髪際などの器官から寸法で表わす場合もある。さらに、一回きめた経穴を基点としてその天からの距離をもって示す場合も非常に多い。天枢の下何寸、三里の下何寸などと。ただし、その分寸は別項の骨度法による寸法によるものであって、曲尺(かねじやく)とか鯨尺(くじらじやく)の寸法のように固定した長さでないことはいうまでもない。

 以上は『十四経発揮』、その他『甲乙経』、『鍼灸宋英』などの古典について述べたが、近世に至り現代医学の解剖学の知識を取り入れて、従来の外面からの状態のほかに、筋肉、腱、血管、神経、骨、関節などについてできるだけ精細厳密に表示するようになってきたのである。

 駒井一雄博士は分寸をもって部位を表わす法を取穴法と名付け、解剖学的な立場から骨、血管、筋、器官、横紋などから表わす法を表穴法と名付けて区別しているが、それぞれ単独に取穴法、あるいは表穴法だけで表わす場合と、両方を兼ねて表す場合もまた非常に多いのである。

〔例〕衝陽、足尉ノ上5寸、骨間ノ動脈、陥谷ヲ去ルコト3寸二在り。

 

4.経穴の取 り 方

 1)姿勢について

  経穴を正しく取るには、まず正しい姿勢に於いて取らなければその意味はなくなるのである。なぜかというと経穴はたんに表皮の一点にあるのではなくて、経膝の一部分に位置するものであるから、姿勢の動揺によって表皮の一点と皮下に存在する経穴がずれてしまう場合が多いのである。ゆえに次に示すような体位、姿勢に於いて取大したならば、そのままの体位、姿勢で施鍼、施灸すべきであることはいうまでもない。次回に施術する場合、同一方法によって取大したと思っても、前回の灸痕の下に経穴があるとは限らないから、改めて経穴を正確に取って施術する必要がある。

1.立   位

 これはあまり行われないが、下腿の取穴に使われることがある。

2.坐   位

 この姿勢は非常に多く、頭部、顔面部、肩背部、背部(上部)、胸部、上肢の取穴は坐位によって行われる。また下肢でも脚を前に伸ばして取穴する場合がある。

3.仰 臥 位

 あおむけに寝て取穴、施術する法で、病人の場合は当然であるが、顔面部、胸部、腹部、上肢、・下肢の諸穴を取る場合にとられる姿勢である。

4.伏 臥 位

 うつぶせに寝て取る場合で、後頭部、背部(下部)、腰仙部、下肢の後側諸穴に取犬、施術する場合にとられる姿勢である。なお病人で坐位をとれない場合には肩背部、背部(上部)も伏臥位で行う場合がある。

5.側 臥 位

 側頭部、側胸部、下肢の外側の諸穴を取る場合にとられる姿勢で、腋喬の極泉や、淵腋、鞭筋、章門、帯腺、環跳、中漬、陽陵泉以下の胆経の諸穴などを取る場合である。なお、環跳穴は上になった脚を股および雁関節で曲げ、その折れ目にできる鼠径部の横紋の頭に取る方法もある。

 

  其の他の体位

 

 正確に経穴を取るために、その他こまかい体位のとり方の注意がしてある。その主なものを挙げると次の通りである。

 1.開 甲 法

『因学究法』という本に載せられた方法で、附分、脱戸、膏宵などの背部の膀胱経第二行線は肩甲骨の内縁に沿って取りにくいので、肩甲骨を開く方法である。その姿勢は左の図の通りである。

 2.肘を曲げる、骨(ひじ)を挙げる

 手の曲池穴は肘を曲げて手掌を胸に当てて取るが、同じように手の下廉、上廉、三里もこの姿勢で取った方がよい。清冷淵、肩膠、要門などの穴は菅開甲法を上に挙げて取る。

  3.正坐直視して

 正坐して頭部をまっすぐにして取るのは頭部の諸穴であり、特に百会穴はそうである。眼を基準に取る眼の近傍の諸穴および前頭部の諸穴は眼の内眼角および外眼角を正しい位置に置かなければならない。特に瞳孔を基準とする四白、巨膠(胃経)、臨泣(胆経)などは正視して取らなければならない。

  4.膝を立てて

 足の三里、上巨虚、条口、下巨虚などの取穴はこれによる。 その他、関節を動かして取るものもある。下顎骨を動かして取るものには下関(胃経)、聴会(阻経)、角孫(三億経)、足関節を動かして取るものに解彩(胃経)などがある。

 以上のようにいろいろな姿勢によってその麗穴が取られるが、指頭をもって筋肉、骨、あるいは分寸などを基として穴を探し求めるのである。そして多くの場合、圧痛、陥下、硬結などの異和や反応があり、経穴として確信をもって取穴できる部位があるから、たんに部位の文字や文章だけにとらわれないで、あくまで術者の指頭の感覚をもって探し求めることによって正しい取穴ができることを知るべきである。

R2)骨度法について」

 霊枢第二巻骨度篇に身体各部の分寸が記載されている。骨度の図参照イゐ

 これに用いている寸法は古代支那にあって、当時、常用されたも里さレ隼よって測られたものであるかち、こんにち我国で使われている曲尺(かねじやく)や幣轟いことはいうまでもない。

 次にどのような人がその代表に選ばれたかということであるが、中肉中背の見本的、代表的な人を選んだ以上、これが最も美的であり、理想的で、あったに相違ない。さらに希望的であり、創作になっているかも知れないという点で仏像と共通してくる。この寸法をもって忠実、こく明に作った人形が東京上野の国立博物館に所蔵される銅人像である。この像を見ていると以上のことがよくうかがわれると思う。(巻頭銅人形写真版参照)

 
 (この1尺は曲尺の7785毛に当る)

 

【前面同】

 耳門(耳珠の前)の間

 両頬骨の間

 胸   囲

(周乳の間

26

13

7

95分(ただし、取犬上では8寸とする)、)

前 髪 際→顧(オトガイ)1

喉頭隆起→胸骨    4

(胸骨の長さ    9寸)

胸 骨 端→臍     8

臍    →恥骨上際  65分(ただし、取天上では5寸とする)

恥骨の長さ       65

恥骨上際→内側上瀬上際18

内側上顆上際→内側上顛下際 35

内側上顆下際→内果  13

 

1車 繚  説

内   果→地面    3

腋(極泉)→季脇(章門)12

季   脇→股関節(環桃)6

股 関 節→膝関節  19

膝 関 節→外果   16

外   果→地面    3

毎の長さ   12J

指の広さ     45j

【後面図】

鱒の高さ(斯より痘門まで)1尺フ

前 髪 際→後髪際 12

両乳様突起間      9

後 髪 際→大  椎  35

大   椎-→尾  骨  3

鹿の囲り     42

膝    一+外  果 16

外   果→京  骨(第5中足骨底)

京   骨一→地     1

 

 肩(大椎)→肘     17

編 者 註

 メートル法の普及しているこんにち仁尺買法で測るというのは現代に通じない。という説があるがト著者がいうように鯨尺の1尺は曲尺(かねじやく)の7785毛にあたるとすれば,身長の75寸は5838虚となる。さらにメートルに直すと1メートル76センチ7ミリとなる。

古人(中国)の平均的身長はこうなるという尺度を示したものである。

 ところで人間は、万人万桜であるから、これを一つの標準として測定すればよいのであって、身長は75、頭の因りは25、耳と耳の間は13と考えればよいのである。3m、駄mと考えるとかえって実際にそぐわないことになる。    (19741153

肘  →腕(手関節)125

腕(手関節)→中指本節(中手指節関節)4

中指本節→指  端  45

 以上の分寸は経穴を取る場合の分寸に使われるもので、上肢の腋轟から肘関節までの長さが12寸、胸骨体下端から臍までの長さ8寸といえば、その112あるいは18が、それぞれその部の1寸の長さであり、このも長さをもってその部の経穴の分寸を測るのである0これが最も正確な取り\方である。ただし1寸の長さを取る?に特例があって、両乳頭間は95分であるが、経絡経穴を測るには8寸とし、そのV81寸としている。また臍下より恥骨上際までほ65分であるが穴を取る場合は5寸として計算する。前腕の長さも125分であるが、政夫の場合は1尺としてその1101寸として前腕では用いるのである。

3)同身寸法について

 以上のように骨度法の寸法をもって各部の1寸の長さを出して測定取宍図る屈芸を指申 〓亀頂ツ/ 〓僻l尺寸を定める法

することは理想的であるが、臨床上、実際問題としては繊毛、実行不可能なところからむかしから簡便法が考えられ、次のごとく実行されてきている。ただし、患者の抱が部分的に異なる場合にほ同身寸でも加減しなければならないことはいうまでもない。

1.患者の男は左、女は右の中指と母指をもって琴を作り、中指の中節と末節榛例の横紋琴の間を1、寸として、その患者の穴を測るので2・母指の横径を一寸とする。